HOME連合の活動エッセイ[ 海を渡る害虫 ]

海を渡る害虫

海を渡る害虫
●アメリカに渡ったヒトスジシマカ

 地球がグローバル化した。年間、外国人約500万人が来日し、日本人約1,800万人が海外から帰国して くるが、その数は増える一方である。物資も大量に迅速輸入されてくる。当然のことながら、それらに伴って 海外から衛生害虫も多数侵入してくる。それら外国産の虫が侵入してきても、定着し繁殖するには、そこの環 境条件に適合しなければならない。定住できるのは侵入してきた虫のごく一部にすぎないが、それに成功し、 ある期間を過ぎると、新天地に猛烈に増えやすい。困ったことに、都市化や暖房の普及、地球温暖化、天敵の 欠如などが利して、帰化動物としてはびこらせてしまう。
 生物は、一箇所で繁殖し、数が増えると、一部が他所へ移動し、分布域を拡大していく能力がある。そのた め、生物相の均質化が起こり、同一環境には同じような生物が分布するようになる。しかし、動物の地理的分 布には明らかに地域性が認められ、旧北区、新北区、東洋区、エチオピア区、オーストラリア区、新熱帯区な どに区別されている。大昔からの気候や地殻変動を通じて影響し合って形成されてきたものである。  動物が自力で歩行移動するスピードは緩く、飛翔してもたかが知れている。その上、海や砂漠、山岳などが 障害となって、自由に行き来ができない。
 虫が気流や台風などの風に乗れば遠距離移動することができる。日本脳炎を媒介するコガタイエカは、春風 に乗って中国大陸から毎年のごとく飛来し、日本列島を北上していくようである。ダニなどは渡り鳥に付いて 運ばれることもあるし、海流に乗って漂流物と一緒に運ばれてくる虫もいる。通常、これら動物の他地域への 侵入は、頻繁には起こらず、長い年月をかけて徐々に起こるものである。そのため、これら分布区は長年維持 されてきた。
 ところが、近年の人間活動による輸送手段の飛躍的な発達によって、人や物資が大量に迅速輸送されるよう になった。直接的にしろ、間接的にしろ、各種生物が本来の移動能力をはるかに超えて長距離移動することに なり、桁違いに多くの虫が侵入してくるようになった。それは、長い間かかって自然の法則に従って形成され てきた生物の地理的分布と生物多様性の崩壊を意味する。そして、日本固有種を追いやって絶滅させることに もつながっている。
 不快害虫の代表ともいうべきゴキブリも、日本には昔は冬の寒さに耐えられる日本固有種のヤマトゴキブリ しか生息していなかった。それが物資の輸入と暖房の普及に伴って、南方から持ち込まれたチャバネゴキブリ やクロゴキブリが各地にはびこり、ワモンゴキブリ、コワモンゴキブリなども北へ北へと分布を広げつつあ る。
 トコジラミは、俗に南京虫と呼ばれているので、中国から渡来したかのように思われがちだが、そうではな い。幕末にオランダから買い入れた古船の中に発見されたのが日本での初記録で、十九世紀末に軍隊の移動に 伴って急速に日本各地に分布を広げていったのである。
 食品害虫の多くは穀類の輸出入に伴って分布を世界的に広げたものが多い。セイヨウシミやチャコウラナメ クジなど、幾多の帰化動物がずいぶんとはびこってきた。最近では、オーストラリアから渡来した猛毒のセア カゴケグモが1999年秋、大阪湾沿岸や四日市で見つかり、徐々に周辺に分布を広げている。同じ1999年に 突如ニューヨークで発生したウエストナイル熱はまたたく間に北米一帯に拡がり、いつ日本に侵入してきても おかしくない状態である。媒介蚊は、アカイエカ・チカイエカのほか、日本からの古タイヤ輸入で持ち込まれ たとされるヒトスジシマカやヤマトヤブカも関わっていて、これらはいすれも日本にごく普通にいる蚊である。

上村 清 (元富山医科薬科大学、日本衛生動物学会)