私は高校で「生物」を担当している。細胞に始まり,生殖,遺伝,代謝,免疫等々。生徒たち
は多岐にわたる内容を短い期間に次々に学習していく。慌ただしい授業ではあるが,日ごろの
指導で私自身が心がけていることがある。それは「生物は立体である」という視点をすえておく
ことである。生徒たちにとって生き物を知るのは教科書や図解そしてテレビの画像である。
様々な生き物が美しいイラストやすばらしい映像で紹介されている。しかしこれらは全てX軸と
Y軸による平面の世界である。生物は決して平面ではない。必ずZ軸があるのだ。生物体は体積が
あり重さがあるのだ(もちろん臭いがあり触感がある。五感を働かせることが重要である)。残念
ながらこの点が誤認識されていることが多い。特に顕微鏡の世界はそうである。ゾウリムシは
草履のようにぺったんこではない。サツマイモのような形をした全身に,繊毛と呼ばれる微毛が
生え,妖怪のようにたえず体をくねらせて泳ぎまわっている。生物体を立体的にとらえる。まず
これが生き物をとらえる基本であると考えている。さらに私は第4の軸の重要性を強調している。
それは「時間」という視点である。1年を通しての私の問いかけはこうである。「生物はいかに
して生きてきたか。生物はいかに生きているか。生物はいかに生きていくか」。生物は時間の流れ
の中で生きているのだ。今存在する個体には必ず過去があり,歴史的産物なのだ。
孫引きになるが,コロンビア大学で活躍していたドブジャンスキーの「進化の視点を持たない
生物学は意味をなさない」という言葉は印象的である。時間に沿った変化と定義される進化は
私たち自身が生きた遺産となる複雑な歴史に焦点を当てるものだ。進化は歴史のすべてといって
よい。
私にこの視点を教えてくれたのは「珪藻diatom」である。珪藻の分類は,主に原形質を包む
珪酸質でできた殻の形態に基づいて行われている。昨今はDNA解析による分類や系統の研究が脚光を
浴びているが,形態分類は終わったわけではなく,むしろまだまだ開拓の余地が残されている。
現在1万2千種あるいは2万種,さらには10万種とも推定されているが,その多様性と自然の造形美
には驚かされる。珪藻の分類の遂行は、フィールド観察を含めた日々の観察により,こつこつと
データを集めていくことから始まる。そこから得られるものは目の覚めるようなものではなく,
最初はバラバラな断片にすぎない。しかしその積み重ねを続けていくことにより,ある時あること
をきっかけにそれらがつながりを持ち始める。この発見の瞬間の感動は筆舌しがたい。
「時間」という視点を持った観察所見により,進化のストーリーを語る。「生物はどのように
して進化してきたのか。生物はどのようにして多様になったのか。」と。珪藻の分類を通して
知った生き物の歴史物語。この深遠な問題は今も私を駆り立てている。
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