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蚊のうつす病気

蚊のうつす病気
●吸血するネッタイシマカ

 ウエストナイル熱が、1999年に突如ニューヨークで発生し、またたく間に北米一帯に拡がって、5年間 で患者が13,600人、死者540人に達した。媒介蚊は、アカイエカ・チカイエカのほか、日本からの古タイヤ輸 入で持ち込まれたとされるヒトスジシマカやヤマトヤブカも関わっていて、これらはいずれも日本にごく普通に いる蚊である。現地で航空機に侵入した蚊は、変温動物なので、上空の低温下では仮死状態となるが、着陸する と目覚め、開口部から機外に一斉に飛び立つ。水際作戦で対処しようにも調査時にはもぬけの殻である。アメリ カからの大量の人や物の流入に伴ってウエストナイル熱が日本に侵入する可能性はきわめて大きい。  蚊媒介疾患はウエストナイル熱ばかりではない。近縁の日本脳炎は、近年、中国、インド、ベトナムなどアジ ア圏一帯で大流行しており、年間3~5万人の患者が出ている。人口爆発による食糧増産のため大規模な森林伐 採によって発生源の水田が開墾され、吸血源となるブタや水牛などがあちこちで飼育され、農薬散布で天敵が少 なくなって、強度の殺虫剤抵抗性を持ったコガタイエカがアジア圏一帯で大発生しているからである。  日本でも強度の殺虫剤抵抗性を持ったコガタイエカが多発してブタでの日本脳炎流行を引き起こしている。人 が流行を免れているのは、ひとえに密閉構造住居の普及で、人がコガタイエカに刺されなくなったお陰だが、夜 歩きが増えれば流行が起きかねない。この蚊は自ら気流に乗って中国大陸から毎年のように春先に大群が飛来し、 病原体を運んでくるものと思われる。  デング熱は、世界で年間5千万~1億人もの人が発症し、50万人以上が「デング出血熱」を起こしている。 デングウイルスには血清型が4つあり、それらの間で重複感染が可能で、人々が大移動するようになって、その 機会が増し、重症のデング出血熱を起こしやすくしているのであろう。黄熱はアフリカと南米のジャングルでサ ルと蚊とで維持されているが、そこで森林型黄熱に感染した人が都市に出て都市型黄熱を流行させることとなる。 潜伏期に入国してきた人によって日本でもそれは起こりうることである。デング熱も黄熱もネッタイシマカやヒ トスジシマカが媒介する。ヒトスジシマカは、放置されたタイヤ、空缶などの小容器に多量発生しており、デン グ熱や黄熱の流行がいつ日本で起こってもおかしくない状態である。  ハマダラカの媒介するマラリアは、年間3~5億人が感染し、200万の死亡者を出している世界最大級の病気 である。熱帯の病気と思われているが、寒い北朝鮮で年間30万人が発病し、韓国でも数千人の患者を出していて、 日本での流行も危惧される。  アカイエカなどからイヌのフィラリアに感染する人も多くいる。  このように蚊の媒介する病気は、いずれもいつ日本で流行してもおかしくない状態にあるが、その対応はい たってお粗末である。1999年4月、百年間続いた伝染病予防法が廃止され、代わって感染症法が施行された。 そこでは蚊媒介疾患はいずれも有事後に対応する疾患として取り扱われるようになった。日本衛生動物学会は、 それでは媒介疾患にはとても対応できないと、学会長名で厚生省に善処を申し入れた。SARS騒ぎなどもあ って、ようやく2003年11月、大幅に見直しがされて、媒介蚊の事前調査や駆除が行えるように改定された。 ところが、すでに行政機関からは軒並み防除担当者がいなくなっており、備蓄されていた防除機材や殺虫剤も 廃棄されている。予算措置はなくなり、組織されていた衛生害虫防除の衛生班も解体され、これらを元に戻し 機能させるのは大変なことである。早急なる整備が求められる。

上村 清 (元富山医科薬科大学、日本衛生動物学会)