深海はいつの時代でも、人々の興味を惹いてきた。理由はさまざまかもしれないが、
ひとつには深海魚の
存在があるだろう。深海という特殊な環境に見事に適応した形や生態は、その巧妙さに感動すらおぼえること
もある。深海魚の多く種では、まだ飼育することができていない。そして生態はもちろん生時の姿さえ誰も見た
ことがない種もたくさんいる。さまざまな情報は標本から得られることが多く、その意味で博物館や大学に保管
されている標本は深海魚の研究にとって非常に貴重な宝物ともいえる。
ミツクリエナガチョウチンアンコウという日本で2番目に長い名前をもつ深海魚はその名の一部が示すように
提灯をもっている(1番長い和名をもつ魚はカワハギの仲間のウケグチノホソミオナガノオキナハギで日本には
分布しない。某日本人の魚類学者グループがミツクリエナガチョウチンアンコウより長い名前をつけてみようと
試みた結果できた名称で1字だけ多い)。深海の暗闇でこの提灯を使って、小魚などの小動物をおびき寄せてい
ると考えられている。提灯は長い柄(エナガの由来)の先についていることまではご存知の方も多いかもしれな
いが、この柄は前後に伸びたり縮んだりもすることは多分あまり知られていない。ごく最近、北海道大学の大学
院生が伸びる柄の仕組みを標本から調べ、日本魚類学会の英文誌に発表した。伸びるのには筋肉が関係している
のだが、それ以上に興味を惹かれる発見があった。どうも柄自体がグルグルと回転するらしいのである。今まで
だれも想像しなかったのだが、ミツクリエナガチョウチンアンコウは提灯を漫然ともっているのではなく、体の
前で激しくグルグル回しているのかもしれないのだ。では誘き寄せられる小動物はその回転する提灯をなにに見
まちがえているのか。ひとつの発見からさらなる疑問が生まれ、未知の生態への興味は尽きない。
チョウチンアンコウの仲間は深海域では他の魚を捕食する側だが、深海には簡単に食われてしまいそうな弱々
しい魚たちもいる。そして概してそれらはたくさんの発光器を使って光る。どうやら彼らは自分の影を隠すため
に光っているらしい。光る深海魚たちの主たる生息域は、海面よりはかなり深いが、海底からもかなり離れてい
る中深層と呼ばれる場所である。そして多くの種は食事のために夜間に浅海に出現し、いわゆる垂直方向に回遊
をおこなう。光る魚は月夜の晩などに薄明かりの世界にも出現することも容易に想像がつく。これらの光る深海
魚の発光器はおなか側に偏って並んでいる。下から襲ってくる捕食者に自分たちの影をみせないよう、上からく
る光と同じ分の光を下にだして姿を隠していると考えられている。実際に発光器を詳しく観察してみると発せら
れる光は体の横ではなく効率的に下に降り注ぐようになっている。影を隠しているというのは仮説であるが、な
ぜおなか側だけに発光器が偏っているのかいう疑問にきちんと答えている。
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