北海道北部幌加内町にある朱鞠内湖は日本で一番大きな人工湖である。が、巨大なダムがあるわけ
ではない。二つの小さな堰堤が大きな湖を支えている。堰堤が目立たないので、湖は広葉樹と針葉樹が
ほどよく混じり合った周辺の森に違和感なく溶け込んでいる。湖に浮かぶ島がモザイク模様をなして美しい。
北海道は朱鞠内湖を道立自然公園に指定している。
自然度の高い場所を自然公園に指定して、保全するのは当然である。だが、役所は規制の網をかける
ことが保全だと勘違いしているように思う。
こんなことがあった。
野ねずみとササの相互作用を調べるために、朱鞠内湖上の島のササを採取して分析することにした。
道立自然公園内のササの採取には「特別地域内木竹伐採許可申請」をしなくてはならない。竹が分布
していない道立自然公園でなぜ「木竹伐採」なのか理解できない。おそらく霞ヶ関の様式を倣ったもの
なのだろう。ササの刈り取りは、竹の伐採と同じ手続きが求められる。ここまでは我慢しよう。信じがたいのは
この先である。申請書は林班名の記載を求めていた。土地所有者の北海道電力に問い合わせたが、
わからない。申請先の窓口に聞くと、北海道はそれを把握しているという。教えてくれないかと頼むと、
土地所有者以外には教えられないと言う。北海道電力に問い合わせを依頼したが、色好い返事が返って
こない。もう、お手上げである。
規制があれば、その土地での活動を制限できるだろう。上の例では規制が見事に機能している。だが、
これで自然を守れたと言えるだろうか。
知は愛に通じる。自然を知ることが保全する心を育てる、と私は信じている。
ガラパゴス諸島が生物の宝庫であることは言うまでもないことで、それだけでも十分に保全に値する自然で
ある。また、固有種が多く、彼らの多くが共通の祖先から進化したこともその価値を高めるだろう。
でも、我々の心を引きつけるものはそればかりではない。ガラパゴス諸島がダーウィンの進化論の発展に
大きな役割を果たしたこと、また、最近では、グラント夫妻のダーウィンフィンチの研究によって、自然選択が
目の前で起きていると知ったことが、どれほど我々のガラパゴス諸島へのあこがれを強くさせたことだろうか。
自然はそこにあるだけで価値がある。が、自然を知る努力を続けることでその本当の価値を理解できるように
なるのではないか。「木竹伐採許可」は開発を規制するための制度である。わずかな量のササを刈り取って
分析することを対象にしているとは思えない。にもかかわらず、開発のための規制を自然を知ろうとする活動にも
当てはめようとする。一連のお役所の対応を経験して、「角を矯めて牛を殺す」こんな古いことわざを
思い出した。
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