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生物多様性国家戦略の見直しについての意見書



生物多様性国家戦略の見直しについての意見書

自然史学会連合(代表:森脇和郎 総合研究大学院大学・教授)

連絡先:自然史学会連合事務局(国立科学博物館内)
 [庶務・事務局担当] 篠原現人(国立科学博物館)
 住所 〒169-0073 東京都新宿区百人町3-23-1
 Tel: 03-3364-2311
 E-mail: s-gento@kahaku.go.jp


平成14年3月8日

環境大臣 大木 浩 殿

自然史学会連合 
代表 森脇 和郎

生物多様性国家戦略の見直しについての意見書

「生物多様性国家戦略」は、日本の国土と自然環境を健全な状態で将来にわたって継承し、 人類及びすべての生物が適切な環境下で可能な限り共存してゆくための条件を、地球規模の 視野において整備する基幹となる指針であり、その策定に携わる関係諸機関のご努力に対し、 自然史学会連合は敬意を表するとともに、最善の成果を期待するものであります。
生物多様性と地球環境は、人類の活動と不可分のものであり、そのすべてにとって持続 可能な状態を維持するためには、人類の英知すべてを結集する必要があります。さらに、 各個人が自然と人類の現状と将来像について正しく理解し、行動できなければなりません。 そのために必要な個人の行動規範は、自然現象を幅広く理解し、正確な知識と理解に 基づいた自主的なものでなければなりません。自然史学会連合は、そのような行動規範を 各個人が形成するうえで、自然史科学が大きな役割を果たすと考えております。「生物多様 性国家戦略」の見直しにあたって、また改訂後の実施段階においても、自然史科学の専門家 集団として可能な限りの協力を続ける所存です。
現在の案は、多岐にわたって配慮されておりますが、上記のような視点から、以下の点に ついてより深い、あるいは実効ある表現が必要であると思われます。

  1. 効果的な教育システムの構築
    生物多様性と地球環境についての理解とモラル形成は、すべての個人まで浸透しなければ 効果がない。前文第一部第一節にあげられている「生物多様性の危機の構造」には触れられ ていないが、潜在的な危機構造として、生物と地球環境に対するモラル形成の不備、一部には モラルの崩壊がみられる。この点を改善するためには、知識としての教育だけではなく、 なぜ生物多様性が重要であるかを自然とのふれあいを通して体得する、「心に染みた」理解が 必要である。自然史教育は、この点において効果が大きいといえる。
    自然史教育を初等教育において行う試みは現在でもすすめられているが、基本的な指針や 教育体系の整備は十分とはいえない。自然史教育の義務づけと内容指針、教員への新たな 指導、地域博物館や研究施設などの整備と活用など、既存の教育体系をより効果的なものに 整備する必要がある。この意味で、65ページ(2)「学校教育における取組」に記述されている 内容は、たとえば学校間、教員の能力、施設面などにおいてばらつきがあり、単なる「充実」 という表現を超えて、より実効性のあるシステム下で実施される必要がある。

  2. 生物多様性の歴史的理解
    生物多様性の重要性を万民が理解するうえで、生物多様性が歴史をもち、地球環境と相互に 関係しながら40億年の時を経て徐々に形成されてきたことを強調する必要がある。特に、 日本の生物多様性は白亜紀以来維持されてきたアジア東岸の温暖湿潤な気候と多彩な地形に 恵まれ、顕著な地域特性をもって形成されてきた。このような知識は、いったん多様性と それを育む環境が失われれば、取り返しがつかないこと、それが日本のみならず人類の経済・ 文化にとっても大きな損失であることを理解し、生物多様性がなぜ維持されなければならない かという基本モラルを形成するために欠かせない。

  3. 自然史情報の集積と資料の継続的管理
    本文12ページ2-(3)にふれられているように、生物多様性を維持し、その効果的な 利用を図るためには、生物多様性情報を網羅し、科学的に解析しなければならない。 生物多様性は、時間的空間的に変化する歴史的存在であるから、現在のみを基準にした情報の 集積のみでは不十分である。基礎情報の充実は本文7ページほか、随所に述べられているが、 その情報は現状認識のみにとどまらず継続的でなければならない。また、情報のもととなる標本 などの維持管理は永続的なものでなければならない。また、このような情報は自然史教育などにも 効果的に生かせるように管理、利用される必要がある。この点について、58ページ第4章第1節1に 触れられている「生物多様性センター」の整備は評価できるが、上述のような生物多様性の地域特性 や教育効果などを勘案すると、地域博物館、動植物園などの既存施設及び人員の機能的、質的維持に 加えて、必要に応じた拡大充実、相互の連携が不可欠である。

  4. 調査研究の拡大
    生物多様性の保全と持続的利用を確実なものにするための「調査研究の促進」(61ページ第2節) は、多くの分野を包含しているが、生物の住環境に大きく影響する土木関係が欠落している。また、 「生物多様性国家戦略」は日本の経済活動とも切り離すことができない。さまざまな施策を経済学的 に評価することが求められよう。以上のような調査研究が横断的になされることで、「社会資本整備 にあたっての配慮」(67ページ)が適切になされることになろう。

附:自然史学会連合は、自然史科学の発展と教育・啓蒙などの社会貢献を目標として設立された自然史系 学協会の連合組織です。平成14年3月現在、以下の34学協会が加盟しております。

種生物学会、植物地理分類学会、地衣類研究会、地学団体研究会、東京地学協会、日本遺伝学会、 日本衛生動物学会、日本貝類学会、日本花粉学会、日本魚類学会、日本菌学会、日本蜘蛛学会、 日本古生物学会、日本昆虫学会、日本昆虫分類学会、(社)日本植物学会、日本植物分類学会、 日本人類学会、日本生態学会、日本生物地理学会、日本蘚苔類学会、日本藻類学会、日本第四紀学会、 日本地質学会、日本鳥学会、日本地理学会、(社)日本動物学会、日本動物行動学会、日本動物分類学会、 日本プランクトン学会、日本ベントス学会、日本哺乳類学会、日本鱗翅学会、日本霊長類学会